プロフィールの文字

プロフィール

はじめまして、管理人のペンギンオヤジ(略してペンオヤ)です。

 

なんでペンギンオヤジ?って時々、聞かれることがあるのですが、単純にペンギンが好きなオヤジだからです(何のひねりもありませぬ。。)。

 

10年くらい前に初めてブログを開設したときに何となく決めました。

 

年齢は・・・永遠の28歳と詐称してますが、実は四捨五入すればもうアラカンです。

 

人生どん底生活への軌跡

渦巻き模様

プロフィール・・・何を書こうか迷ったのですが私の現在の境遇というか、キャリアのピークから人生のどん底へと転落していった軌跡について書いてみようかと思います。

 

(そんなネガティブなこと書かないで、もっと明るい話題はないのか?!)

 

私の転落人生を時系列に並べると、だいたい以下のような感じ。

 

  • 会社役員(取締役部長)になる(これがキャリアのピーク)
  • 役員として自分の所属する部署を事業売却して引責辞任、そして退職
  • 約1年間のプー太郎生活の果てに縁あって九州のビジネスホテルチェーンに転職
  • 転職先でうまくいかず体と精神を病み、おまけに社長とソリが合わずに2年半で退職
  • 地元に戻って転職活動、1000社以上に応募するも全て不採用となる
  • 転職活動でもがいているうちに何とステージ3の舌癌となってしまう
  • 手術後の抗がん剤治療中に母親が軽い認知症を発症、介護生活に突入
  • 母親が亡くなって数か月後に、癌が再発転移(再手術、放射線と抗がん剤治療)
  • 現在は父親の介護をしながらブログを書きつつ、再起を狙う

会社役員になったけれどそれがキャリアのピークだった

飛躍するビジネスマン

新卒で入社した企業は東京にある小売業の会社でした。

 

その会社は石油事業、ホームセンター、サイクルショップ、レンタルショップなど複数の業態を展開していて、私はホームセンター事業に配属されました。

 

そこでずっと20年くらい働いて、主にホームセンターの商品仕入れを担当していたのです。

 

しかし、バブル崩壊などで業績が悪化するなか先輩社員たちは逃げるようにして退職していき、上がどんどん抜けるので私は穴埋め要員的な感じで係長、課長、次長、そして部長と謎の昇進をしていったんですね。

 

たいして業績も上げてないのに・・・

 

そして遂に40歳で会社役員(取締役部長)になってしまいました。

 

そして振り返ってみればこれが私のキャリアのピークでしたね。ここから先は人生のどん底への坂道を転がり始めるのです。

 

自分の部署を「事業売却」して引責辞任、そして退職

退職願

役員になって最初の1年くらいは、何とか業績を立て直そうと頑張りましたが、小手先であれこれやったくらいでは改善するはずもなく・・・

 

そんな時に「ぜひ、御社のホームセンター事業を売って欲しい」という別のホームセンター企業からのオファーが転がり込んできたのです。

 

そこから、すったもんだの末に自分が所属していたホームセンター事業部を売却してしまいました。

 

一緒に働いていた部下たちは売却先の企業に転籍して移っていきましたが、事業部の責任者である私が転籍なんてできるわけもなく、引責辞任。そして退職しました。

 

役員としての在職期間、わずか2年8か月。。

 

完全に敗戦処理でしたね。

 

九州のホテルチェーンに転職するも心と体を病んで退職

人間関係の悩み

その後、ご縁があって九州でビジネスホテルをチェーン展開してる会社に転職。

 

そこでワケも分からないまま地域統括の地区長などをやってました。

 

でも、ホテルというのは24時間、365日休まずに営業してるので、なにかトラブルがあれば夜中であっても叩き起こされるんですよ。

 

そんなわけで体を壊した上に社長とも反りが合わなくなって精神的にもまいってしまい、3年くらいで退社してプー太郎生活に再突入。

 

地元に戻って転職活動、1000社以上に応募するも全て不採用となる

不採用通知書

プー太郎となり、福岡で転職活動を始めたのですが、うまくいかず貯金も底をついてしまい埼玉の実家へと戻ってきました。

 

ネットの転職エージェントに片っ端から登録して少しでも興味のある企業に(ろくに調べもせず)エントリーしました。

 

その結果、その殆どは書類選考というか、エントリーに対する返事が「不採用」。

 

たまに「書類を送れ」とか「面接に来い」という(有難い)企業もありましたが、最終的には「不採用」。

 

そんな転職活動を3年くらい続けて、最終的には1000社くらい応募しましたが、すべて「不採用」。

 

もう、この日本に私を雇ってくれる企業はないんだ・・・そう思いましたね。

 

まぁ、少しだけ自分だけ自分を庇うとすれば、かなり無理な条件を出していたので冷静に考えれば「そんな条件で50オヤジを雇うわけないじゃん」とは思うのですが。

 

転職活動でもがいているうちに何とステージ3の舌癌となってしまう

ハートを持つ医師

再就職活動でもがいているうちに何とステージ3の舌癌になってしまいました。

 

舌の2/3を切除するという大手術を乗り越えたと思ったら、今度は母親が軽い認知症を発症したうえに寝たきりになってしまい、抗がん剤治療をしながら母の介護生活に突入。

 

食事の世話やいわゆるシモの世話まで、ほぼ24時間付きっきりの介護生活を贈りましたが残念ながら、数か月後に母は他界してしまいました。

 

母の介護が終わったら癌の再発転移が見つかった

CT検査

母が他界して数か月後、またもや自分の癌が再発転移しているのが見つかり、再手術と放射線治療を受けました。

  • 失職
  • 転職活動に失敗
  • ステージ3の舌癌を発症
  • 抗がん剤治療と母の介護
  • 再発転移で再手術

もはや笑うしかありません。

 

現在は、父親の介護をしながら再起の機会をうかがってる感じです。

 

趣味の話あれこれ

レゴブロック

熱しやすく冷めやすい性格なのか、一つの趣味が長続きしたことってあまりないです。

 

ただ、小さい頃から外に出るよりも家に閉じこもって一人で本を読んだりすることが好きだったのですが、そのへんの性格は変わってないですね。

 

だから今でもみんなでワイワイというよりは、一人で何かをしてる時間の方が圧倒的に長いです。(舌がんの後遺症で話すことが苦手になってからは尚更です)

 

読書(私の読書遍歴)

本と読書

子どもの頃から本を読むのは好きでした。

 

ただ、本を読む時期と読まな時期の波が大きくて、完全なる活字中毒者というわけではないんですよね。。

 

【高校時代】小遣いが少ないので安い文庫本を繰り返し読んでた

  • 遠藤周作、北杜夫、畑正憲、司馬遼太郎、

【学生時代】本屋でバイトをしていたので、新刊やベストセラー情報をもとに乱読してた

  • 椎名誠、東海林さだお(エッセイ)
  • 沢木耕太郎(ルポルタージュ)
  • レイモンド・チャンドラー、ロバート・B・パーカー(海外ミステリー)
  • 村上春樹、井上靖、井上ひさし、北方謙三、向田邦子、片岡義男(小説)

【20代】社会時に担ってからは仕事に忙殺され本は殆ど読んでなかった

 

【30代〜40代】ビジネス書、勉強本ブームにのりひたすらビジネス書や自己啓発書を読む

  • 和田裕美、勝間和代、小宮一慶(ビジネス書)
  • 夏目漱石、吉川英治(小説)

【50代】ビジネス書に少し飽きてきて、適当に興味のあるものを少し読む

  • 高橋洋一、上念司(経済書)
  • 吉川英治(小説)

ブログ(こう見えてもブログ歴は10年以上)

ブログ執筆

初めてのブログを開設したのは2008年2月でした。そう、こう見えても私、ブログは10年選手なんですよ。もっとも、たいした成果は出せてませんが。。

 

ブログに何を書こうか迷った末に、読書ブログを始めたんですよ。

 

当時は勝間和代さんが本を読んだらブログにアウトプットしよう!なんてことを言っていて、読書ブログを書く人が多かったんですよね。

 

私もちょうどビジネス書を読み始めた時期で、1年間に100冊の本の感想をアップするぞ!みたいなノリで始めたんですよ。(軽いノリで始めましたが、ちゃんと目標どおり100冊の感想記事はアップしましたよ)

 

そんな軽いノリで始めた読書ブログでしたが、後々になって思わぬ形で私の人生を少しだけ変えてくれたんです。

 

ブログが私の人生を変えてくれた

サポート

ビジネス書を読んではブログ記事を書く、そんなこと繰り返している中であるコンサルタント&ビジネス書作家さんにどハマりしたんですよね。

 

当然のことながら、ブログにはその作家さんの記事をアップすることが多くなり、やがて作家さん本人にも読まれるようになりました。

 

そして、作家さんが私のブログをSNSなどで拡散してくれたおかげで、多くの人が私のブログを読んでくれてブログを通して知り合った友人もたくさんできました。

 

そして数年後。

 

ステージ3の舌がんの告知を受けたときのことです。

 

10時間くらいの大手術が必要だと医師に言われたのですが、わたしは手術後の後遺症が嫌で(今から思えば)怪しい民間療法に頼ろうとしたのです。

 

その時、ブログで知り合った医療関係の仕事をしてる友人が「切る(手術)という選択肢が残っていることも忘れないで」とSNSでメッセージを送ってくれたのです。

 

その友人のメッセージを何度か読み返しているうちに目が覚めたというか、手術を受けよう!と気持ちが固まったのです。

 

もしもあの時、手術を受けずに民間療法に頼っていたら私はもうこの世にはいなかったかもしれません。

 

ブログでお金を稼いで人生を変えたという人もいるけど、私の場合はブログで知り合った友人に人生を救われたのです。

 

「ブログはオワコン」という人もいるけど、まだまだブログには色々な可能性がありますね。

 

このブログについて

about

このブログは、もともとはライブドアブログで書いていた雑記ブログ「ペンギンオヤジのDブログ」をリニューアルオープンさせたものです。

 

書く内容はとくに決めてません(雑記ブログだからね)。

 

今のところは「母の介護の記録」「新型コロナウイルス関連について思ったこと」などの記事を入れてますが、この先はどうするかは自分でも分かりません。

 

日々の中で思ったことなどを気ままに書いていく予定です。

 

他にもブログを書いているので、もしよかったらそちらの方もよろしくお願いします。

 

●舌がんについてのブログ「ペンギンオヤジの舌がん闘病記」

2020年7月3日

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