読書

【まとめ】「経済で読み解く日本史」1〜6巻(上念司:著)

ペンギンオヤジ
経済評論家の上念司氏による「経済で読み解く日本史」シリーズ(1〜6巻)のまとめ記事です。

このシリーズは1巻の室町時代から始まり、戦国時代、安土桃山時代、江戸時代、明治、大正、昭和と進み、平成(と令和2年)までの経済を軸とした日本通史になってます。

学校の授業などで日本史を勉強した人は多いかと思います。

でも、単に歴史的な出来事をなぞって暗記するばかり・・・ではありませんでしたか?

このシリーズでは、歴史に経済というモノサシをはめることで時の権力闘争がどうして起きたのか?そして、権力者たちの経済政策や経済運営が当時や後の世にどのような影響を与えのか、といったことが語られています。

1巻から順々に読んでいくもよし。

興味ある時代だけを読むのもよし。

教科書とはちょっと違う日本史を楽しんでみませんか?

【注】ものすごく長いのでテキトーに流し読みしてください。

「室町・戦国時代」1巻

【この時代の主な出来事】

  • 室町時代はデフレ経済だった
  • 日明貿易で明銭を輸入することで成り立っていた日本の貨幣経済
  • 臨済宗の台頭と旧勢力(比叡山)との経済戦争
  • 将軍の跡目問題、寒冷化、デフレ不況が起こした応仁の乱
  • 織田信長の台頭

デフレ経済だった室町時代

この巻では室町時代は日明貿易で明銭を輸入することで日本の貨幣経済は成り立っていたこと。

そして、それ故に思うように金融政策ができずデフレ基調の経済であったことや室町幕府の経済基盤の弱さについて語られてます。

最も重要な法則は「ワルラスの法則」と呼ばれる、マクロ経済の恒等式です。極めて単純化すると、「モノとお金のバランスで経済の先行きが決まる」ということです。モノが不足すれば物価が上がり(インフレ)、お金が不足すると物価が下がります(デフレ)。

室町時代の日本は自国通貨を発行しておらず、貨幣は支那の銭貨(銅銭)、いわゆる渡来銭を使っていました。貿易をすれば貨幣量は増えますが、貿易をしないと貨幣量がまったく増加しないことになります。

室町幕府と寺社勢力の越後屋モデル

また、経済基盤がイマイチだった室町幕府は台頭してきていた臨済宗と結びつき、便宜を図る代わりに寺社勢力からキックバックを受け取るという時代劇でよく見る「お代官様と越後屋」状態でした。

そして幕府と結びついて勢力を伸ばしてきた臨済宗(京都五山)と旧勢力の天台宗(比叡山)がバチバチとバトルを繰り広げたりしたことについて多くのページを割いて解説されてます。

寺社勢力とは単なる宗教断定ではありません。寺社は仏教留学僧が作った支那とのコネクションを生かして貿易業に精を出す巨大商社であり、広大な荘園を所有する不動産オーナーであり、土倉や酒屋といった町の金融業者に資金を供給する中央銀行でした。

そして「デフレ」で経済的に困窮するとこの時代は戦(いくさ)が始まります(他に気候変動による寒冷化による不作、飢饉の影響も大きかった)。

よく知られているように将軍の跡目問題が引き金となって応仁の乱が起こり、時代は戦国時代へと移っていきます。

これは滅茶苦茶な戦争でした。寒冷化とデフレ不況の進行で、みんな頭に血が上ってわけがわからなくなっていたのかもしれません。(中略)途中から何のために戦っていたのか、目的すら見失っていた各勢力は、エネルギーを使い果たすまで戦い、最終的には戦闘は自然に終結しました。

「安土桃山時代」2巻

【この時代の主な出来事】

  • 信長による天下統一事業
  • 本能寺の変
  • 秀吉の天下統一と朝鮮出兵

中小企業の創業社長タイプだった織田信長

世間では織田信長を「覇王(徳によらず武力・策略で諸侯を従えて天下を治める人)」のイメージで語ることが多いように思いますが、この本ではむしろ中小企業の創業社長だといいます。

創業社長というのは「ヴィジョナリー」といって、未来を見通す力を持ち、先回りして投資をするタイプの人です。

尾張一国を苦労して統一し、「桶狭間の戦い」で大きな賭に勝った信長は、まさに叩き上げの創業社長でした。伸び盛りの中小企業の社長はとてもシビアであり、その行動理念は時代を超えて今の会社経営や国家戦略の実現にも通用するものです。

私が信長を見るときの視点は、まさにこの”実業家”としての視点です。信長の偉大さは政治家としての手腕もさることながら、尾張下半国の代官からスタートして、天下統一の一歩手前まで行ったその経営手腕にこそ見るべきものがあります。

明智光秀はなぜ謀反を起こしたのか?!

そして、いまだに謎の残る本能寺の変で明智光秀が謀反を起こした理由についても、信長の創業社長のメンタリティで解説してみせます。

伸び盛りの中小企業は信賞必罰ですから、社員は仕事に失敗すれば左遷されますし、最悪の場合はクビになる可能性もあります。とはいえ、当初はろくな人材も集まりませんので、社長から見て本当にクビにしたい社員でも我慢して使い続けるということもあります。

ある程度会社が大きくなって、より多くの優秀な人材を採用できるようになったら話は変わります。会社が小さい頃には有用だった人材も用済みになるからです。

信長家臣団の中でバリバリ働いてきた幹部社員の明智光秀も、信長家臣団がどんどんと大きくなっていくなかで、古くからの重鎮がリストラされていくのを目の当たりにして「次は自分の番か!」と焦りまくって謀反を起こしたということは、可能性としてはあるわけですよね。

この巻では他にも秀吉の朝鮮出兵とその失敗について、現代のマーケティング理論(プロダクトアウト、マーケットインなど)や地政学のフレームワーク(ランドパワー、シーパワー)などのモノサシを当てはめて解説されてます。

「江戸時代」3巻

【この時代の主な出来事】

  • 徳川三代(家康〜家光)のバラマキ政策
  • 「成長重視派」VS「財政規律派」の小判の改鋳
  • 農民や商人が豊かになり武士が窮乏化

成長重視派の荻原重秀、大岡忠相と財政規律派の新井白石

江戸時代になると幕府が通過を発行するようになり、後期には藩札という紙幣まで流通して経済体制が現代とあまり変わらないようになってきました。

江戸幕府は全国の金山、銀山を手中に収め通貨を発行し、徳川さん代の頃は幕藩体制を安定させるために、それこそ湯水のようにバラマキ政策を行い経済を発展させていきました。

しかし。金銀の埋蔵量は有限です。

5代将軍の家綱の頃には通貨を発行することもできず、徳川三代のバラマキ政策と明暦の大火の復興事業で幕府の財政は相当に逼迫していました。

どーしたか?

そこで登場したのが、当時勘定吟味役だった荻原重秀です。(中略)重秀は「慶長小判」を改鋳して金の含有量を減らし、「元禄小判」を作ることを提案します。

先ず慶長小判を2枚溶かして、3枚の元禄小判を作ります(元禄小判の金の含有率は慶長小判の2/3)

そのとき、慶長小判と元禄小判の交換レートは1:1にした。

この結果、貨幣量が1.5倍になり、その増えた分を幕府の金庫に収めることができた、というわけです。

貨幣の改悪ともいわれますが、通貨量が増えたことで元禄の好景気を呼び寄せたのです。一種の金融緩和みたいなものだったんですね。

その後、今度は新井白石が登場してきて、荻原重秀と真逆のことをやります。

幕府の財政を立て直すためには、むしろ支出を減らして、歳入に見合った歳出に抑えるべきだと考える人たちもいました。

6代将軍・家宣の側用人として台頭してきた新井白石は、まさにこの考え方を代表する知識人でした。いわゆる「財政均衡主義」「緊縮路線」というやつです。

で、白石が何をしたかというと小判3枚を溶かして2枚の小判に改鋳したのです。貨幣量が減ればデフレになるのに・・・

白石がとらわれていた頑迷な考えを「貴穀賤金(きこくせんきん)」と言います。これは「米などの農産物は貨幣よりも貴く、お金は賤しいものだ。だから、農業以外の産業は仮の需要でありバブルである」という極めて間違った考え方です。

(中略)

白石は四書五経を丸暗記するぐらいの「秀才」でしたが、本質的にはバカだったのかもしれません。

著者の新井白石評が容赦ありません。。

小判の改鋳というのは何度か行われていて、享保の改革で有名な8代将軍、吉宗(暴れん坊将軍!)のときにも最初は質素倹約、贅沢禁止の緊縮路線をやったわけですが、うまくいかずに大岡忠相の進言によって小判の改鋳をやったのです。

江戸時代の経済の主役は農民や商人などの庶民でした。

どんどん経済成長をしていくなかで、武士が世の中を治めていくのは経済的にどんどんと難しくなっていき、幕末の頃には幕府だけでなく諸藩の財政もかなり厳しくなっていたのです。

きっかけは黒船襲来でしたが、そうでなくとも幕藩体制を維持することができなくなり、いずれは革命が起きていたのかもしれません。

「明治時代」4巻

【この時代の主な出来事】

  • 廃藩置県
  • 不平士族の反乱(佐賀の乱、秋月の乱、西南戦争など)
  • 日清戦争、日露戦争

経済的に困窮した士族が起こした反乱

大政奉還を経て明治維新となり、日本はそれまでの幕藩体制から近代的な中央集権国家を目指すためにさまざまな改革を行いました。

しかし、急激な改革に大きな揺り戻しはつきものです。

廃藩置県が行われたときに、領地・領民を手放す代わりに大名たちの借金は新政府が肩代わりしてくれることになりました。

しかし、借金を肩代わりしてもらっても、その後の大名(その後の華族)と家臣(その後の士族)たちの生活は決してラクなものではなかったようです。

士族たちに残された道は2つです。この運命を受け入れて、平民として新しい仕事に精を出すか、再び侍として活躍する場を求めてリスクを取るか?

佐幕派の藩出身の士族は士族は前者を選択する者が比較的多かったのに対して、官軍側の士族は後者を選ぶ者がほとんどでした。

彼等は対外戦争に活躍の場を見出そうとしたり(征韓論)、国内で反乱を起こして新政府打倒を図ろうとしたりしました。

こうして明治時代のはじめに秋月の乱や西南戦争など不平士族の反乱が起きたのはご存知のとおり。

そして、そうした反乱のすべてが新政府によって鎮圧されました。

金本位制はデフレレジーム

この巻では他に「金本位制」はデフレレジームであると説き、その理由や弊害についても詳しく解説してます。

金本位制とは慢性的な通貨供給不足を招きやすく、デフレ期待を醸成しやすい欠陥がありました。この制度のせいで、世界経済は数年おきに大恐慌に見舞われ、そのたびに国内には過激思想が台頭します。最悪の場合、その過激思想を信じる人々が政権を取り、戦争を始める場合もあります。

戦争といえば、明治時代は日清戦争、日露戦争を経験した日本ですが、太平洋戦争へとつづく諸要因はこの頃すでに芽生えていたことについても触れられています。

「大正・昭和時代」5巻

【この時代の主な出来事】

  • 第一次世界大戦
  • 昭和恐慌
  • 第二次世界大戦
  • 戦後復興、高度経済成長

経済失政が大戦の扉を開いた!

この巻では全体の7割くらいのページを割いて、なぜ日本や世界が第二次世界大戦に突き進んでしまったのかについて、当時の経済的な問題と併せて詳細に解説されてます(残りは戦後復興と高度経済成長について)。

第一次大戦で各国は金本位制を離脱して、バンバンお金を刷って軍費を調達しました。

そして大戦が集結すると、金本位制へと復帰するのですが、お金を刷り過ぎてしまっていたので、自国の金保有量をはるかに上回っていたんですね。

そうした状況で金本位制に復帰するためにはお金の量を減らさないといけません。そしてデフレへと転がり落ちていったのです。

極めて残念なことに、世界中の国がまるで急かされるように、次々と金本位制に復帰していきました。そして、金本位制に復帰した順番どおりに、不況がその国を襲いました。

日本でも1930年(昭和5年)に井上準之助蔵相が反対意見を押し切って金本位制に復帰した結果、失敗して昭和恐慌の引き金を引いてしまいました。

その後、高橋是清が恐慌を収束させて経済を回復させるのですが、御存知の通り二・二六事件で暗殺されてしまいます。

高橋の次の蔵相、馬場暎一はやってはいけない政策をそのままやってしまいました。

馬場暎一は「国債の日銀直接引受」という制度を悪用し、インフレをまったく考慮せず、大量の国債を発行しました。そしてその財源を惜しみなく軍事費につぎ込みました。

これだけ無茶なことをやってしまったため、悪性インフレの弊害が表れ、日本は経済成長しないのに物価だけが上がるという事態に陥りました。当然、人々の生活は不安定になります。

この後、近衛内閣が誕生して盧溝橋事件です。その後の日本がたどった運命はご存知のとおりです。

共産運動とマスコミの煽り

日本が第二次世界大戦に突き進んでいった背景にはこのような経済失政があったのですが、それだけではありません。

結局、経済的な困窮による人々の心の乱れと、その乱れに乗じて販売部数を伸ばそうとする商業マスコミが、相互に煽り合って国全体がアブナイ考えに染まっていきました。

国民の熱狂と被害妄想を煽ったのは、尾崎秀実などコミンテルのスパイが流し続けた「アメリカ陰謀論」です。平時なら誰も相手にしない稚拙な陰謀論を、真に受けてしまった当時の日本国民の精神状態は普通ではありませんでした。経済的に困窮した人々が現状打破を求めるのが世の常です。

経済失政による混乱に乗じて日本を滅ぼしたい人たちとマスコミの煽りもまた、日本を不幸な戦争に向かわせた要因だったのです。

「平成時代」6巻

【この時代の主な出来事】

  • バブル崩壊と失われた20年、デフレ不況
  • 自民党の二度の下野(非自民政党による政権交代)
  • 阪神淡路大震災、東日本大震災
  • アベノミクス

バブル崩壊と日銀の金融政策の失敗

昭和の最後、日本はバブル景気にわいてましたね。

バブル景気というと日本全体の景気が加熱していた印象を持つ人が多いと思いますが、

実際は株価と地価が異常な高値をつけていただけで、その他は比較的マイルドなインフレ状態でフツーの好景気だったのです。

バブル期に歪んでいたの株と不動産の価格だけであり、それ以外の経済全般はうまくいっていて政府や日銀が手を付ける必要はなかったのです。

しかし、日銀は余計なことをしてしまいました。澄田総裁時代の利上げと、大蔵省の総量規制だけで十分なのに、後任の三重野総裁は追い打ち的な利上げをして必要以上に景気を冷ましてしまったからです。そして、これを機にすべては悪い方向に転がり始めました。

バブル崩壊後の日本の経済を必要以上に痛めつけたのは日銀による誤った金融政策でした。

リーマンショックと超円高

バブル崩壊後は銀行や証券会社などを中心とした多くの不祥事が明らかになりました。

こうした不祥事に対して人々は怒り、自民党を政権の座から引き摺り下ろして非自民による連立政権、細川内閣が誕生しました。

しかし、細川内閣は短命に終わり、再び自民党が政権を取り戻したのですが、まさかの社会党との大連立!!

その後「自民党をぶっ壊す!」でお馴染みの小泉政権がありましたが、小泉首相が退陣した後は1年ごとに首相がコロコロ変わり政治は不安定化。

07年、公務員の自爆テロで明らかになった消えた年金問題。

翌年には海の向こうでリーマン・ショックが発生。

世界的な金融危機のなかで、またもや日銀は誤った金融政策を行い日本経済に大きなダメージを与えました。

2008年4月19日、新たな日銀総裁に白川方明氏が任命されました。日銀総裁が約3週間もの間、空席となる異常事態は収束したかに見えました。しかし、実はこの白川氏こそがトンデモない無能者であり、日本経済に多大なるダメージを与えた張本人だったのです。

先進各国が協調して大規模な金融緩和をするなか、白川日銀は本当に何もしなかった。。そのせいで、日本は超円高になり国内景気は悪化して完全失業率も大きく上昇したのです。

こうした混乱のなかで民主党政権が誕生しました。

民主党政権が悪夢であったかどうかは別としても、経済政策については大きな問題がありました。

さらに鳩山内閣にはもう一つ大きな問題がありました。財務大臣の藤井裕久氏です。彼はかつての日銀総裁速水優氏に負けず劣らずの円高原理主義者でした。しかも、藤井氏は円高原理主義者であると同時に、財政再建原理主義者でもありました。藤井氏は財務大臣退任後、民主党税制調査会長として消費税増税をしっかり推し進めています。つまり、民主党政権誕生の時点で円高は放置しつつ、国民生活よりも財政規律を優先するという極めて愚かな路線が確定していたのです。

円高放置、消費増税路線の推進、東日本大震災では国民感情を利用して復興増税までやりましたからね。

アベノミクスで日本経済復活

長引く不況で揺り戻しが起こり、再び自民党と公明党が政権の座につき、アベノミクスが始まりました。

アベノミクスについては巷間いろいろな評価がありますが、やはり雇用の改善は大きな成果だと思います。

アベノミクス最大の成果は雇用環境の大幅な改善です。端的に言えば、アベノミクスによって平成の終わりまでに新たに仕事を得た人は439万人も増加し、完全失業率はほぼ半減しました。

デフレの完全な脱却!とはなりませんでしたが、それでも著者はこう書いています。

最後の最後にアベノミクスがあって本当に良かった。あれがなければ本当に日本経済は終わっていたかもしれません

令和の幕開け

この巻、「平成時代」と銘打ってますが最後の最後に令和に入ってからのことにも触れられてます。

10%への消費増税で消費が落ち込み始めた最悪のタイミングで襲われた新型コロナ・ショック。

みんなが怒ったお魚券、お肉券。それと5世帯に1世帯しか対象にならない30万円給付などのドタバタ劇についてもまとめられてます。

(ワイドショーが煽りまくったPCR真理教についても、きちんと批判してます。)

まとめ

このシリーズを読んでいると何度も何度も「人々は経済的に困窮すると、ヤケを起こして、普段は見向きもされない過激思想に救済を求める」というフレーズが出てきます。

室町時代から平成・令和の時代まで歴史的出来事と経済は密接に関係していて、経済失政によって人々が困窮すると社会が混乱することをこのシリーズを教えてくれます。

ところで私たちは何のために歴史を学ぶのでしょう?

学生であれば、試験のため・・・ってこともあるのでしょうが、他にも過去の出来事を現在、そして未来のために活かすためだと思うんですよね。

日本経済の歴史を振り返るにつけ、なぜ正しい政策が実行されないのか本当にもどかしく思います。いい加減に日本人は過去の歴史に学んだ方がいい。

本シリーズを通して、読者の皆さんは正しい経済政策とはどんな政策なのかはもう十分にわかったと思います。歴史を振り返ればすでに答えは出ている話です。ところが、いまだに多くの人が歴史に学びません。残念ながら、今でも誤った経済政策を声高に叫ぶ政治勢力がいることに一抹の不安を覚えます。

「大正・昭和時代」のあとがきで著者はこのように語ってます。

誤った経済政策は人々を困窮させ、危険思想に向かわせる。そして向かった先は日本を間違った方向へと導いてしまう。

こういう歴史を二度と繰り返さないために、私たちは歴史「を」学ぶのではなく、歴史「に」学ぶことが大切ですね。

(おわり)

【関連記事】

経済で読み解く日本史(室町戦国)
【歴史】「経済で読み解く日本史(1)室町・戦国時代」上念司:著

上念司氏が出版した「経済で読み解く日本史」全5冊セット。その第1巻「室町・戦国時代」の感想をまとめました。

続きを見る

経済で読み解く日本史(安土桃山)
【歴史】「経済で読み解く日本史(2) 安土桃山時代」上念司:著

「経済で読み解く日本史」全5巻の第2巻は安土桃山時代です。
当時の日本は既にグローバル経済に密接に関わっていた(それ故に、海外の動向によって国内経済が影響を受けていた)ことや、信長も秀吉もかなり早い段階から海外を意識していたことが理解できました。

続きを見る

経済で読み解く日本史(江戸時代)
【歴史】「経済で読み解く日本史(3)江戸時代」上念司:著

「経済で読み解く日本史3 江戸時代」から貧農史観、幕府の徴税権、幕府のマクロ経済政策などについてまとめました

続きを見る

経済で読み解く日本史(明治)
【歴史】「経済で読み解く日本史(4)明治時代」上念司:著

明治時代の最初は幕藩体制から近代的な中央集権国家へと変わるために多くの改革が断行されました。
しかし、その改革は多くの人々に不満をもたらし、やがて日清、日露戦争へとつながっていきます。
そういった時代の流れを当時の金本位制の話しや明治政府の経済政策などから詳細に解説されています。

続きを見る

経済で読み解く日本史(大正昭和)
【歴史】「経済で読み解く日本史(5)大正・昭和時代」上念司:著

この本ではかなりのページ数を割いて、日本や世界がなぜ第二次世界大戦に突き進んでしまったのかを当時の経済背景を中心に解説されています。

続きを見る

【歴史・経済】「経済で読み解く日本史(6)平成時代」

バブル崩壊、デフレ、リーマンショックなどで不景気が続いた平成時代。この本を読むと日銀や政府の誤った経済政策が日本経済を長期にわたって苦しめたことが分かります。

続きを見る

-読書
-, , , ,

Copyright© ペンギンオヤジのDブログ-3 , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.