武器としての書く技術

読書

【誰かの心を動かす!ネットで文章を書く人は必読】「武器としての書く技術」

2020年4月26日

「武器としての書く技術 30万人に届けて月50万円稼ぐ!新しい㊙文章術」
イケダハヤト:著
中経出版

本書の著者、イケダハヤト氏。所得倍増計画をぶち上げた総理大臣と同じ名前の人。

 

ネットをやってる人なら、名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?

 

私もネットをウロウロしてる中で「よく炎上してる人」「まだ東京で消耗してるの、とか上から目線で気に障ることを言ってる人」くらいの印象はもってました。

 

だけど、特に興味もなかったので著者のブログとかを読むこともなく、完全スルーだったんですよね。

 

それが何の気まぐれか?あれこれと文章術についての本を読み漁ってる中で、今回の「武器としての書く技術」を読んでしまったのですよ。

 

実際に、著者が書いた文章を読むのは初めてだったのですが、読んでみて印象がガラリと変わったことに少なからず自分でも驚きました!!

 

すげ〜いい人じゃん!!

(あっ、本当にいい人かどうかは付き合ったことないのでわからないですが・・・)

 

でも少なくとも、この本にネットで叩かれるような変なことは書いてません。

 

つーか、この本を読むと文章術のもっと奥にある大切なことに気づかされました。

 

ある意味、ちょっと予想外の印象を受けた1冊です。

 

アマゾンの内容紹介

今の時代は「ネットでモノを売れる」人が生き残る時代でもある。

本書では月間30万PVを誇るブログを運営する「プロブロガー」イケダ氏が「稼ぐための書く技術」を惜しげもなく披露。

何を書けばいいか、どう書けばいいか、書き続けるにはどうすればいいか、それを広めるにはどうすればいいか。

人を動かす書く技術は、これからを生き抜くための必須能力なのだ。

この本で得られる知見

  • 文章術の基本がわかります
  • ネットで読まれる文章を書くコツやテクニックがわかります
  • ネットで(ブログで)稼ぐ方法がわかります
  • 「書く」ことで自分の人生を変えることができる可能性を感じられます
  • 「書く」より以前に大切なことに気づかされます

私が選んだキラーフレーズ5選

何の感情も引き起こさないような、他の誰にも話したくならないような文章はこの世に生まれた意味がない、と言っても言いすぎではないでしょう。

他人に遠慮して、客観的になりすぎた文章というのは、無味無臭で面白くないものです。よって主観は大切です。 一方で主観的になりすぎてもダメなのです。自分だけが面白いと思い込んで、ただただ駄文を垂れ流しても無駄です。主観的とはいえ、そこに他人が共感する部分や、反応する部分がなければただのひとりごとになってしまいます。

ブログというのは、組織の外の人たちに、自分が何者であるかを知らせる最良のツール になります。ブログが、組織の外の人たちとのコミュニケーションを生んでくれるのです。

ブログを用いた自己表現というのは、「希薄になった自分の濃度を高める作業」 です。

誰でも、何歳からでも、人生を好転させることができる方法。それが「書く」ということなのです。

弱気ワードはNG!

弱気

あなたがこれから書こうとする文章も多くの人に届かせたいのであれば、味つけは濃い目でちょうどいい のです。 そこで気をつけたいフレーズが「〜だと思います」「〜な気がします」「かもしれません」という弱気ワードです。

あなたの言いたいことは思ったほど伝わらない。表現はちょっと強めくらいでちょうどいいのです。心からそう思うのなら、言い切っちゃいましょう。言い切れないようなことは、言う価値もありません。

「思います」「気がします」「かもしれません」・・・実際、わたしもよく書いてます。無意識のうちにね。

 

だけど、文章を書くなら弱気になるな!断言せよ!というのです。

 

これって、チキンハートのわたしのような者にとっては割とハードル高めなんですよね。

 

なぜか・・・?

ブログで婉曲的な語法を使う人たちは、単に自分を守ろうとしているだけです。「和をもって尊しとなす」のは、「みんなのためを思って」ではなく「自分が叩かれたくないから」です。そこに気づかねばなりません。

 

そうなんですよね。断言すると「それは違う!」という反発を受けやすくなるでしょ。

 

だいたい、自分が他の人が書いた文章を読んでいても自分の意見とは違うことが断言されてると、カチーンとくるじゃないですか。

 

それが分かってるから、無意識のうちにも断言を避けて語尾を「〜って、思うんですよね〜」と結んでしまう。その方がなんとなく優しい感じがするし、好感度が上がる気がするじゃないですか(笑)

 

だけど、そういう軟弱な考えに対して著者はさらに厳しく迫ります。

本心を語った結果として批判を浴びたり、嫌われたりすることは、なんら恥ずべきことはありません。むしろ恥ずべきは、自分の言いたいことをしまいこみ、他人に気に入られようと媚びへつらいながら生きることです。

 

なるほどね、って思いました。

 

たかだか語尾をどう結ぶか、という問題も突き詰めて考えると、その人の生き方、考え方にたどり着きます。

 

それと同時に、なぜ自分は文章を書くのか?という根本的なことまで考えさせられます。

 

割り切れないことを考え続けるという誠実さ

 

私がこの本を読んでいて、著者の「誠実さ」を感じたのは、次の文章を読んだときでした。

 

優れた物書きは、 世の中の割り切れなさに延々と向き合い、自分なりの答えを見つけつつも、断定的に語ってしまう自分に違和感を抱き続ける人 です。

世の中はそう簡単に割り切れません。けれども、文章を書くということは、ある程度世の中を割り切ってしまうことです。その行為の乱暴さに気づき、自省しつづけ、考えつづけられる人は、自然と文章を書きつづけることになるでしょう。答えのない問いに向き合いつづける、といってもよいでしょう。

 

どういうことかというと・・・

 

「もの書きは読者に対して責任を取るべきなのか?」という問いに対して、「責任とか言い出したら文章なんて書いてられない。もの書きの書いたことの妥当性を判断するのは読者の側がすることだ」それがぼくの考えだ。

 

つまり「オレは好き勝手に書く。それがいいかどうかは、読んだあなたが決めてくれたらいい。」・・・ということですよね。

 

いちいち責任なんて考えてらんない!と書きつつ、著者は「違和感を感じる」「そう断定する自分に嫌悪感を抱く」とも書いているのです。

 

「言い切る」その裏で「迷ってる」わけですね。

 

文章を書くということは、読み手に対して一つの意見を提示することです。

 

それなのに書き手がAかもしれない、いやBかもしれない、などと優柔不断だったら「こいつ、何が言いたいんだ?」ってことになりますよね。

 

少し乱暴かもしれないけど、Aと断定して書くことは読み手に対して誠実だと思うのです。

 

それと同時に、割り切れないことが多い世の中で断定しつつも、心の中で迷い、考え続けるという著者の態度もまた誠実だと感じました。

 

読まれるために大切なこと

pointボード

誰も傷つけない無味無臭のテキストは、誰の心にも刺さらないテキストです。 文章を書いて、何かしら人の心に届かせたいと願うならば、誰かの目を気にしていてはいけません。一切誰も傷つけたくないと思うのならば、刺激的で面白く、価値のある文章を書くことは難しいでしょう。

 

こうしてブログに自分の好きなことを書きつつも「やっぱり、できるだけ多くの人に読んでもらいたい!」って、思うんですよね。

 

そして、多くの人に読んでもらうには兎にも角にも、いい文章を書くことだ!と思って、これまで数多くの文章術に関する本を読んできました。

 

だけどね。

 

いい製品を作れば売れる!・・・わけでないのと同じで、いい文章=読まれる文章、という訳ではないんですよね。

 

まぁ、何となくそのことも理解してましたが、この本を読んでより深く納得させられましたね。

 

ぼくの定義でいくと、「ダメな文章」というのは読まれない文章のことです。

何の感情も引き起こさないような、他の誰にも話したくならないような文章はこの世に生まれた意味がない。

 

これだけズバズバ言われたら、納得するしかないじゃないですか。

 

もちろんテクニックとして、読書の心に刺さる表現とかネタ探しはあります(この本にも色々と書いてあります)。

 

だけど、それは表層的なものでしかなくて、もっと根本的なところで「自分は何がいいたいのか?」それを明確にして伝えなくちゃいけない。

 

それがブレてたり、オブラートでくるんだような弱気ワードで書いてたら、誰も興味なんか示してくれませんよね。

 

読んでもらいたい!と思うなら、自分のポジションを明確に人からどう思われるかを気にしちゃいけない!

 

誰かの心に届く言葉は、心の底からわきあがる言葉だ。

 

感想

 

感想

これから書くことは「文章術」というテクニカルな話しではなく、もっと著者であるイケダハヤト氏の人物像に触れる小説的な話しです。

 

当たり前のことだけど、1冊の本には著者の人柄が滲み出るものですよね。

 

「他の誰にも話したくならないような文章はこの世に生まれた意味がない」とズバズバと斬りかかってくる反面で「優れた物書きは、 世の中の割り切れなさに延々と向き合い、自分なりの答えを見つけつつも、断定的に語ってしまう自分に違和感を抱き続ける人」だとナイーブなことを書いたりする。

 

ブログで稼ぎたい!と思ってる人に対して「「ブログで食っていく」というのは、難易度的にいえば「プロスポーツ選手として食っていく」くらいのものだと思います」とクールに現実を伝えつつも、ブログでくじけた人に対しは「途切れたら再開すればいいのです。続けるための方法は「再開すること」」と優しく寄り添ったりします。

 

ズバズバと鋭い言葉で斬りかかっていけば、そりゃアンチも増えるだろうし、炎上もする。

 

他方でナイーブで繊細、人の心に寄り添う優しさというギャップに魅力を感じてファンになる人もいるんだろうなぁ、と妙に納得してしまいました。

 

何を隠そう、わたしもこの本を読み終えてから著者のツイッターをフォローし、You Tubeの動画を見るくらいのファンになりました。

 

この本の魅力をあまりうまく伝えられませんでしたが、特にブログやnoteなどを書いている人だったら読んで損なし!です。

 

この本が出版されたのは7年前。それでも、いまだにこの本が輝きを失わないのは(中古市場でプレミアがついて高値で売られてる!)、単なる文章術の本でもなければ、ネットでの稼ぎ方を指南した本でもなく、「書く」「伝える」という本質的なことを語ってるからだと思う。

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