悪庵ある言葉のイメージ写真

雑記

誹謗中傷と毒舌キャラの違いについて考えてみた

2020年5月29日

ここ最近、ネットでの誹謗中傷が話題に上がることが多いですね。

 

色々と声を上げてる人も多いが、誹謗中傷にいいも悪いもなく、ダメに決まってる。

 

容赦ない人格攻撃や悪意がある言葉には共感なんかできない。

 

言葉に重みもなければ、愛もない。ただ、ただ、醜い感情を吐き出してるに過ぎないですよね。

 

ついでに書くと、「◯◯はクソ!」という書き込みを目にすることがあるけど、あれもダメだ。特に40代、50代のいい歳こいたおっさんがそういう言葉を使ってるのを見ると、内容以前にわたしはその人の品位を疑ってしまう。

 

ところで、この「誹謗中傷」がネガティブなイメージであるのに対して、同じようにズケズケとモノを言っても割と肯定的にとられることもある。

 

よく「歯に衣着せぬ」という物言いがありますよね。

 

言葉の意味を調べると「思ったことや感じたことを、相手に遠慮することなく言ってのけるさまを意味する表現」と書いてある(出典:weblio辞典)。

 

「歯に衣着せぬ」という言葉が似合う芸能人というと、有吉弘行、マツコ・デラックス、爆笑問題の太田光、ビートたけし・・・少し前だと和田アキ子、最近だと講談師の神田伯山あたりもそうかもしれない。

 

よく「毒舌キャラ」と言われたりもしてる。

 

こうした人たちの言葉は、言いにくいことを「よくぞ言ってくれた!」と歓迎されることが多いように思うんですよ。

 

ただし!毒舌キャラの人たちに共通してるのは、人気がある反面でアンチもそれなりにいるということだ。

 

そりゃそうだ。本音でものを言えば、そこには毒もあるのだから拒否反応を示す人だっている。

 

だけど、そういう毒を持った言葉を吐いても彼らの話しに聞き耳を立ててしまうのは、その言葉の裏にはしっかりとした知識、教養、見識、経験があるからで、加えて人柄というか優しも併せ持っているからだと思うのだ。

 

何でもかんでもズケズケとものを言えばいいというものではないのだ。

 

わたしは最近、YouTubeで爆笑問題の太田と講談師の神田伯山がやってる「太田伯山」という番組の動画をよくて見る。

 

動画の中での2人の話しを聞いてると、芸能(落語や講談、映画など)に関する深い見識や愛情が伝わってくるし、太田の伯山に対する優しさというものも感じられる。

 

だからこそ、そこに毒があっても惹きつけられるし、納得もしてしまうのだ。(もちろん話芸の巧さもあるのだけど)

 


「出演者が選ぶ!名シーン一挙公開SP!」フル動画(爆笑問題・太田光、神田伯山、弘中綾香)

 

こういう毒のある批評とか批判はあって然るべきだと思ってる。それは誹謗中傷とは違うものだから。

 

わたしは個人的には毒であっても、言うべきことはどんどん言えばいいと思ってる。

 

変に遠慮したり、色々なことを気にしてものが言いにくくなるのは嫌だなと思う(もちろん誹謗中傷はダメだよ)。

 

だけど、しみじみと思うのは批判や批評するにしても、言葉に重みや愛情を込めるのは本当に難しい。

 

相手に向けた言葉の剣先は、実はいつも自分に向いてることを忘れてはいけない。

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