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【人を見たらコロナと思え!】カミュの「ペスト」を読みながら「自分だけは大丈夫の謎」について考えてみた

2020年4月28日

ペンギンオヤジ
 まだ序盤を読んでる最中なんだけど、本をご紹介したいと思います。

フランスの作家・アルベール・カミュが書いた小説「ペスト」

 

ツイッターのタイムラインに「いま起きてることが全部書かれてる!」みたいな情報が流れてきて、面白そうと思い手を出してみました。

70年前のペスト騒動と今の共通点

実際、読んでみると70年くらい前に書かれたペスト騒動と現在進行形の新型コロナ騒動では多くの共通点があることがわかります。

 

例えば・・・

 

三日の間に、事実、二つの分館は満員になった。リシャールの信ずるところによれば、当局はある学校を接収して、予備の病院を準備しようとしているらしいということであった。

 

病院のベッドがいっぱいになり、慌てて予備の病院をつくる。これなんて武漢などで起きたことと同じだし、東京とかでも今、準備してますよね。

 

あるカフェが「純良な酒は 黴菌 を殺す」というビラを掲げたので、アルコールは伝染病を予防するという、そうでなくても公衆にとって自然な考え方が、一般の意見のなかで強まってきた。

 

昔もこんなデマが広がっていたんですねぇ。日本でも「26〜27度でウイルスは死ぬ。お湯を飲め!」という冷静に考えればすぐにデマとわかる情報が拡散されましたよね。

 

まぁ、お湯よりもアルコール(酒)の方がデマとしてはマトモだったかも(苦笑)

 

ある朝一人の男がペストの兆候を示し、そして病の錯乱状態のなかで戸外へとび出し、いきなり出会った一人の女にとびかかり、おれはペストにかかったとわめきながらその女を抱きしめた、というようなうわさが伝わっていた。

 

出た!「オレはコロナだおじさん!」こういう迷惑なヤツが現れるところは今も昔も同じなのか・・・!

 

自分だけは大丈夫!という『正常性バイアス』

市民たちは不安のさなかにも、これは確かに 憂うべき出来事には違いないが、しかし要するに一時的なものだという印象を、依然もち続けていたのである。

しかし人々はまた依然として個人的な関心事を第一列に置いていた。誰もまだ病疫を真実には認めていなかったのである。大部分の者は、彼らの習慣を妨げたり、あるいは彼らの利益を冒すことがらに対して、特に敏感であった。(中略)彼らの最初の反応は、たとえば、施政当局に罪を着せることであった。

  • 「これは一時的なもの、いずれ終息する」
  • 「疫病を真実には認めてなかった」
  • 「施政当局に罪を着せる」

このあたりも何だか今とそっくりですね。

 

ペストの感染が広がり始めているというのに、それを認めようとしなかったり、楽観的に考えてしまう。

 

これって、もしかして『正常性バイアス』ってやつなんですかね?

 

正常性バイアス・・・急に賢そうなワードを出してしまいました。。。

 

人間が予期しない事態に対峙したとき、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)が働き、物事を正常の範囲だと自動的に認識する心の働き(メカニズム)を指します。

何か起こるたびに反応していると精神的に疲れてしまうので、人間にはそのようなストレスを回避するために自然と“脳”が働き、“心”の平安を守る作用が備わっています。ところが、この防御作用ともいえる「正常性バイアス」が度を越すと、事は深刻な状況に……。

つまり、一刻も早くその場を立ち去らなければならない非常事態であるにもかかわらず、“脳”の防御作用(=正常性バイアス)によってその認識が妨げられ、結果、生命の危険にさらされる状況を招きかねないのです。 (出典:tenki.jp)

tenki.jp

 

この正常性バイアスでよく例に出されるのが、東日本大震災で「まさか、あんな大きな津波が来るなんて」、御嶽山の噴火で「大丈夫だろう」と噴煙を撮影していて逃げ遅れたりした人が大勢いたという検証結果。

 

つまり、目の前で起きてる災害を「大丈夫だろう」と過小評価してしまい、結果的に逃げ遅れたりして大変なことになってしまう人間の認知機能の歪みのことですね。

 

これが今回の騒動でも起きてるような感じを受けるんですよね。

 

「自分だけは大丈夫!」は大間違い!

テレビのニュースで車で渋滞しながらも海へサーフィンをしに行く人たち、地元の職員が自粛を呼びかけて回っているのにキャンプをやめない人たち。

 

そういう人たちを見て思わず「ウマシカだなぁ〜」と思たりするわけです。

 

たぶん、そういうウマシカな人たちは「自分だけは大丈夫!」とか「かかったら、その時はその時」くらいに思って病気を舐めてるんじゃないんですかね?

 

でも、まぁ、少しはそう思ってしまう気持ちも分からないではないんですよね。

 

津波や洪水だったら「危険」が目に見えるけど、今回は目に見えないウイルスだからねぇ。

 

いくら世間が騒ごうが、目に見えない=存在しない→だから大丈夫!と思ってしまうのも分かる。

 

それに若年層は重篤化する確率が低い→だから、感染しても自分は大丈夫!と若者が考えたとしても不思議じゃない。

 

分かる!

 

分かる!

 

分かるけど、それはやはり大間違い!

 

だいたい、そういうふうに思ってる人に限って感染したときに「なんで自分が!」って思うんじゃないんですかね。

 

今は「人を見たらコロナと思え!」「そして、自分もコロナと思え!」と考えるべき!

 

たとえ、自分が大丈夫だとしても、自分が弱者(高齢者、疾患のある人)に感染させてしまったらアウトでしょ。

 

それにキャンプやゴルフ、登山は開放空間だから大丈夫!っていうのも間違いね。

 

行き帰りの移動中に事故ったら、どーしますか?

 

今は事故っても救急車で運んでもらえないかもです。

 

地域によっては救急医療もヤバくなってるし、もしも事故った当人がサイレントキャリアだったら、病院閉鎖の責任者ですよ。

 

歴史から学ぶ教訓

カミュの「ペスト」。この小説が書かれたのは70年くらい前。舞台はアフリカ大陸の北部、地中海に面したアルジェリアの港町。

 

時代も場所も違うけど、感染症の蔓延という危機に遭遇したときの人の行動は今の時代でも学べることが多いなぁ、と思いながら読んでます。

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