ぼくたちが選べなかったこと

読書

【癌・病気】「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」幡野広志:著

2019年9月1日

 

「僕たちが選べなかったことを、選びなおすために。」

幡野広志:著

ポプラ社

 

「癌は自分の余命がわかるから、最期を迎えるまでに人生の整理をして親しい人とお別れができる点が良い」という人がいる。

 

確かに心筋梗塞やくも膜下出血のように突然亡くなってしまう病気と違って、癌は告知されてから最期の時を迎えるまでの間に「余命」という時間があることが多い

 

しかし、余命があるが故の苦しみや闘いもある。

 

例えば、想像を絶する身体の痛み。悪意のない人から投げつけられる言葉に傷つく心の痛み。

 

そして、安楽死を選択をするくらいの苦悩。

 

多発性骨髄腫という血液のがんで余命宣告を受けた著者が書いたこの本には、死を前にしながら「いかに自分の人生を選び取るか」ということが赤裸々に綴られている。

 

今回は現在、舌癌の闘病生活を送っている私が癌患者という視点でこの本を読んだ時に感じたことをまとめてみました。

 

アマゾンの内容紹介

自分の人生を生きろ。写真家で猟師のぼくは、34歳の時に治らないがんの告知を受けた。後悔はない。それは、すべてを自分で選んできたからだ。家族、仕事、お金、そして生と死。選ぶことから人生は始まる。

患者の傷口をえぐる善意

割れたハート

 

今や日本人の2人に1人が生涯のうちに1度は癌になり、3人に1人は癌で死ぬといわれている。

 

ある意味、国民病といってもよいくらいだけど、癌という病気について、あるいは癌患者の心理についてよく知っている人はとても少ないように思う。

 

例えば、親や兄弟、あるいは最愛の人が癌になってしまった時にどのように接すればよいか?

 

なんとか励ましたい!力になりたい!という善意の気持ちがあったとしても、結果的に癌患者の心を傷つけるようなことをしてしまう人もいるのだ。

 

がんを公表して以来、ぼくの元には「奇跡」の情報が殺到した。 うんざりするほどたくさんの代替療法、民間療法、食事療法、健康食品、サプリメント、気功、鍼灸、マッサージ、祈祷、お守り、パワースポット、開運グッズなどの情報が寄せられた。

 

ある意味、癌患者「あるある」なのかもしれないけど、癌にかかったことが友人・知人の間に知れ渡ると「これは癌によく効くんだよ」といって、健康食品やらサプリメントなどを熱心に勧めてくれる人がどこからともなく現れる。

 

もちろん、そうした人たちに悪意がないのは分かっている。「あなたのために・・・」という善意からさまざまな情報を教えてくれているのだ。

 

しかし、善意であることが分かっているだけに始末が悪い。

 

私が舌癌になった時も数人だけだったけど、癌や抗がん剤治療に効果があると健康食品、サプリメントの情報をネット経由で届けてくれた人がいた。

 

私も最初のうちは癌治療についての知識が乏しかったこともあり、そうやって勧められたサプリのうちいくつかを試してみたりもした。

 

だけど、癌について色々な本を読んだりして勉強しているうちに段々と分かってくるんですね。

 

そういった健康食品やサプリメントに大した効果がないってことが。

 

そうなってくると、良かれと思って熱心に(そして何故か継続的に)時間をかけて書いてくれたメールが届くたびに、対応に苦慮するようになった。

 

さらに始末に悪いのは、そうした健康食品やサプリメント、代替療法などを信じて頼った結果、却って病状が悪化したり時には死に繋がってしまうことが決して少なくないのだ。

 

信じられないかもしれないが、世の中には癌になったら病院で抗がん剤などの治療は受けずに、そのまま放置せよ!と書かれた本が売られているのだ。

 

そんな情報を大切な人に知らせて、もしもそのまま死んでしまったらどう責任を取るつもりなのか・・・?

 

大切な人の力になりたいという気持ちは分かる。

 

だけど、自分が医者とかでないなら軽々しく「これが癌に効く」などと言葉に出さないで欲しいと私は思う。

 

なぐさめも応援もいらない。ただ寄り添っていて欲しい

 

寄り添うハート

いくら力になりたいからといって、安易に不確かな情報を癌患者に送りつけるな!と書いた。

 

それならば、励ましの言葉くらいはいいだろうと思うかもしれない。

 

しかし、それもまた時に患者の心を傷つけることがあるのだ。

 

がんになって以来、ぼくは大勢の人たちからたくさんの応援や励ましを受けてきた。
「きっと治るから、元気を出して」
「奥さんやお子さんのためにもがんばって」
「弱気になっちゃだめ。気を強く持って」
「奇跡を信じて」
夜も眠れないほどの痛みに苦しんでいるとき、こんな安易なことばを投げかけられると、心底うんざりする。

 

さすがに全ての癌患者がこんなふうに思っているわけではないと思うが、ふつうなら何でもない一言が癌患者の心を傷つけることはあると思う。

 

例えば、私の場合だが知人から次のようなことを言われた時には思わずカチンときてしまった。。

 

「死ぬときは死ぬからね」

 

「死ぬまで生きてる」

 

自分が癌になっていなかったら、何も考えずにスルーしてしまうような言葉だ。

 

きっと、知人もなんで私が怒ったのか理解に苦しんだだろう。

 

軽い冗談のつもりだったり、天気の話をするくらいの感覚で、傷口をえぐってくる。

 

人にもよると思うけど、軽い冗談のような言葉に傷つく人もいるのだ。

 

それは、たぶん癌患者とそうでない人では見えている景色が違うからだと思う。

 

しかし。

 

さすがに、ここまで書くと「それじゃ、一体どうやって癌になった友人と接すればいいんだ?」と多くの人が思うだろう。

 

緩和ケアの看護師さんは、一度として「がんばって」とは言わなかった。
こちらがどれほどの痛みに耐え、恐怖に震え、孤独や絶望と闘っているかよくわかっているからだ。代わりに看護師さんは、「ぼく」の話に耳を傾けてくれた。

 

これだ。

 

よく女性が思う優しい人というのは自分の話しをじっくり聞いてくれる人だというが、まさにそれである。

 

下手ななぐさめも応援もいらない。

 

ただ、ただ、話を聞いてくれれば、それでいいのだ。

 

実際、私も入院中にはよくそんなふうに思っていた。

 

「何か困ったことがあったら、声をかけてね。話しを聞くくらいなら出来るからさ」

 

これだけで充分なのである。

 

感想(「治るがん」と「治らないがん」)

分岐点

 

癌と一口に言っても「治る癌」と「治らない癌」がある。

それぞれ境遇も悩みも違う。一括りにして語ってはいけない。

私は今のところ「治る」側にいるけど、いつ向こう側に行くか分からない不安は常に心の何処かにある。

これはこの本を読み終えた時に投稿した私のツイートだ。

 

私は2017年にステージ3の舌癌になりましたが、幸いにも「治る(見込みのある)癌」だった。

 

対して、この本の著者は「治らない癌」になってしまった。。

 

癌という病気でも、治る側と治らない側ではこんなにも見えてる世界が違うのか・・・

 

これがこの本を読み終えた時の私の正直な感想だ。

 

著者はあまりの痛みから自殺を考えたというし、最後には安楽死を選択するということをこの本の最後に書いている。

 

この安楽死を選択する理由も「痛みに耐えられない」「残り少ない人生に絶望した」という単純なものではないことに、私はおどろいたし最後には共感はしないけど、納得することはできた。

 

今のところ「治る側」にいる私は、自殺とか安楽死なんて一度も考えたことはないし、周囲からの励ましの言葉に対しても著者ほど拒絶感をもったこともない。むしろ、感謝したことの方が多いと思う。

 

なぜ、これほどまでに見える世界が違うのか・・・?

 

診断結果は、多発性骨髄腫。 治らないほうの、がんだ。 「・・・・難治性って、実際どれくらい生きられるんですか?」 ぼくの質問に担当医は、「個人差はあるものの、中央値は3年です」と答えた。

 

日常生活を送る中でも私たちは無数の決断や選択をしているとよく言われる。

 

朝は何を食べようか?

 

今日はどんな服を着ていこうか?

 

夜は誰と食事をしようか?

 

などなど。

 

だけど思うに、そういった決断は明日も明後日も、1年後も人生は続いているという前提があるんだと思う。

 

しかし、「余命3年」と人生を区切られたらどうだろうか?

 

少なくとも、選択するもの、決断することが違ってくるのではないかと思う。

 

たぶん、人生の時間を区切られたことで本当に自分が大切にしたいものを選び取るようになるのではないか?

 

だからこそ、治る側にいる私と治らない側にいる著者とでは見える景色が違うのだ。

 

そして思う。

 

この本が癌でない人にも広く読まれているのは、本当に大切なものを選びとって人生を送っているか?という普遍的とも言える著者からの問いかけが多くの人の心に刺さるからではないかと。

 

(おしまい)

《関連記事》

こちらの記事では、この本の中から親子関係や人間関係について著者がどのような考えで何を選びとったのかについてまとめてあります。

ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。
【家族・親子関係】「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」幡野広志:著

多発性骨髄腫という血液のがんで余命宣告を受けた著者が書いた本。
いわゆる闘病記的な内容かと思って手に取り読んでみたのだけど、実際は闘病記という範囲に収まらないもっと深い内容で色々なことを考えさせられた1冊でした。

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